2007年10月27日
蕎麦の種類
材料によって蕎麦の種類があるんですね。
個人的には山芋入りが好きです。
通常の蕎麦粉に対し、小麦粉の添加量が多くなるに従って、十割蕎麦(生粉打ち蕎麦)、九割蕎麦、八割蕎麦(二八蕎麦)、七割蕎麦、六割蕎麦などと名称がかわる。
小麦粉以外にもつなぎの役割で山芋、こんにゃく、布海苔、オヤマボクチなどを加えて独特の食感やコシを加えたものもある。布海苔を加えた蕎麦はへぎそばと称されることもある。
また、風味付けに加えられる素材によって、胡麻切り蕎麦(黒ゴマを使用)、海苔切り蕎麦(海苔を使用)、茶蕎麦(抹茶を使用)などの種類がある。店によってはモロヘイヤ、山椒、タケノコ、ふきのとう、アシタバ、大葉、柚子、若布、梅などの季節の植物を練り込んで出すところもある。
最近はルチンが豊富に含まれた韃靼そばを用いた麺もメニューの一つとして提供される。
歴史
蕎麦粉を麺の形態に加工する調理法は、16世紀末あるいは17世紀初頭に生まれたといわれる。古くは、同じく蕎麦粉を練った食品である蕎麦掻き(そばがき、蕎麦練りとも言う)と区別するため蕎麦切り(そばきり)と呼ばれた。現在は、省略して単に蕎麦と呼ぶことが多いが、「蕎麦切り」の呼称が残る地域も残る。
この蕎麦切りの存在が確認できる最も古い文献は、長野県木曽郡大桑村須原にある定勝寺の古文書である。同寺での1574年(天正2年)初めの建物修復工事完成に際しての寄進物一覧の中に「振舞ソハキリ 金永」というくだりが確認でき、少なくともこの時点で蕎麦切りが存在していたことが判明している。
他に蕎麦切り発祥地として中山道本山宿(現在の長野県塩尻市宗賀本山地区)という説、甲斐国の天目山栖雲寺(現在の山梨県甲州市大和町)説(天野信景『塩尻』)もあるが、定勝寺文書の傍証を鑑みるに、確実な発祥地とは言い難い。
しかしながら、江戸時代初期から文献では、特に寺院などで「寺方蕎麦」として蕎麦切りが作られ、茶席などで提供されたりした例が見られる。1643年(寛永20年)に書かれた料理書「料理物語」には、饂飩、切麦などと並んで蕎麦切りの製法が載っている。17世紀中期以降、蕎麦切りは江戸を中心に急速に普及し、日常的な食物として定着した。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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